【日常日和】イノベーションの精製は、自分を探求することにもつながる話。

 

今日は、イノベーションというのを僕なりに分析してみた。

 

分かりづらい点もあるだろうが、これがイノベーションの原点だと思う。というものを書いたつもりだ。

 

賛否両論あるかもしれないが、今回は賛成反対を横に置いといて、考えてみてほしい。

 

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イノベーションという言葉。

これ辞書で引くと、

このように出てくる。

 

全く新しい製品やサービスを生み出すことで、技術革新のこと。

 

新しい技術革新やサービスを生み出す方法を僕なりに考えてみると、実は発想は小学校レベルの事だと気がつく。

 

1+1= 2 これは小学校で習う

一番最初の算数。

 

りんごが1つありました。

隣のお皿には、もう1つ

りんごがあります。

 

それでは、これは合計でいくつでしょう。答えは りんごが2つ 

 

じゃぁ、この時は??

 

半分のりんごが1つ もう1つの皿にも半分のりんごが1つ

合計は??切れ目を合わせると 1つだから、答えは1

 

これがよく言う分数の

2分の1+2分の1=1の考え方。

 

これは、誰でもわかるよね?

 

じゃぁ、ここから僕なりに

イノベーション的な発想をしてみる。

 

りんごが1つ、

隣のお皿にみかんが1つ

合計で???

 

2つ!!

 

分数の考え方でいくと??

半分になったりんごが1つ

半分になったみかんが1つ

合計は?

 

お皿の上でやってみた。

りんごもみかんもどちらも1にはならない。

 

だってそもそも物が違うからね。

こういう場合、同じ単位に直さなきゃいけない。けど、この単位を直さないことが

 イノベーションのきっかけになると僕は考える。

 

そもそも、

りんごが1つってのがおかしい。

 

何故?それを1つと数えるのか。

 

りんご2つで1つと

考える人もいるんじゃ無いのか?

 

いやいや、ないよね!そんな考え方。

これが常識的な考え方。

 

でも、それがイノベーションを生めない所だと思う。

 

人それぞれ、数え方は違うかもしれない。りんごが1つ。そもそもこの1つを1つと数えない種族がいたとしたらどうだろう。

 

 イノベーションは、

物の捉え方が人と違った時に、

各々の中のギャップから生まれる。

 

これを既存の単位に戻すのではなく、

そのまま ガッチャンコ してやる。

 

すると、ギャップが結局のところ、

変革をもたらす。

 

新しい単位を生み出す。

 

 

つまり、

イノベーションを作るのには、

まず既存のイメージや枠組みを外してやるところから始まる。

 

そもそも1とは何か?から、

考える事が新しい発明を生む。

 

これが、なるほど!っと、

納得してしまう内容であり、

尚且つ現実の常識とギャップのある時、

イノベーションが起きる。

 

簡単なこと。

既存のイメージを、外す。

再構築する。これがイノベーションの原点だと思う。

 

カチカチボールペンがどうやって生まれたか知っているだろうか???

 

そもそも、ペンというのは、

インクと筆で分かれていた。

 

そして、ペンというものをバラバラにして、インクと筆で分かれているという常識を、既存の枠を外した。

 

すると、一緒にしたらどうだろう?と考えが生まれた。

 

そこで生まれたのが万年筆だ。

 

その後、万年筆はインクがぼたぼた落ちるのが不便と考えられた。

 

次にインクの既存の枠を外した。

インクはサラサラした液だが、そのサラサラした液という既存の枠を外した事で、液を特殊な液と混ぜることによってドロドロ液に変えた。

 

次に起きた問題は、ペン先が乾燥してしまうことだ。何故乾燥するかというと、キャップがどっかにいってしまうから、らしい。

 

そこで、今度はキャップと本体という既存の枠を外した。そして、またも ガッチャンコをする事を思いついた。

 

そしてカチカチボールペンは生まれた。

 

だか、これはどれもこれも、

発想は小学生でも思いつきそうなレベルだ。

 

イノベーションの精製なんてのは、

 

こんなもんなんだ。

 

それを現実にするのが物凄く大変なのだが、イノベーションを生むキッカケは簡単だということがわかっていただけただろう。

 

これは、あくまで僕が考えたイノベーションを作る考え方だけれど、

 

これは、色々なことに通ずると思っている。

 

イノベーションに関らず、半分のみかんとりんごをあわせると未知数が出るように

 

自分がどこかへ行き、あったことない人の中に、はいって自分を探求していく。

 

これも、ある意味、自分を分解して再構築する作業のように思える。

 

そうすることで、自分を深く知ることもできるし、

なおかつ、新しい発想も生まれて来るんだと僕は思う。