【連載】僕は努力することをやめた。 (第3話)

 

僕は、あの衝撃のライブの後に、すぐに家に帰り家の倉庫をあさった。

 

「たしかここら辺にベースがあったはず、、、、。」

 

我が家は、割と音楽家庭だった。

親父は、トランペット奏者を目指していたし、母親はホルンをやっていた。

僕は三人兄弟なんだけど、全員エレクトーンやピアノを習っていたし。

極め付けはおばあちゃんだ。家のおばあちゃんは、大正琴の師範講師だった。

 

僕はそんな家庭の中で育ったゆえに中学の2年の時にベースを買っていたのだ。

中学の時はすぐに挫折し、辞めてしまっていた。

 

僕は倉庫にあったベースを取り出して、一日中ずっとベースに明け暮れた。

指先が何度も水膨れになっては、破れて硬くなっていくのが楽しかった。

 

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あのライブに誘ってくれた生徒会長は、実はドラマーだった。

時には、ドラムを僕のベースに合わせて叩いてくれたりすごく面倒を見てくれていた。

 

ある日、生徒会長が「いきつけのスタジオがあるんだど来てみるか?」っと僕を誘ってくれた。そしてこうも続けた。「中途半端にバンドやりたいなら絶対に来るなよ」と。

 

僕は本気でバンドをやりたかった。即答した。「行きたいです!お願いします」

 

ついたライブハウスは、見た目からしてもボロボロのところだった。

もともとカラオケ店だった看板が残っており、看板は一部取れかけていたし、

スタジオ内は、防音の壁や天井が腐っていて、雨が降ればバケツリレーをしなければならないような空間だった。

 

「なんじゃこりゃ、、、、。」

 

初めて来た人は、唖然とするのがお決まりらしい。

 

そして、奥のほうから、白髪のヤギひげを長く伸ばし、ジーパンにワイシャツ、

靴は便所サンダルというまさにこれぞスタジオのおっちゃん、もしくは仙人だと言わんばかりの人と例の赤いふんどしを携えた変態ボーカル、そして、後に音楽で世界を救うという名言を残したドレッド頭のドラマーがみんなで、Day Dream Beliverを歌いながら出てきた。

 

異様な空間だった。(※今後スタジオのおっちゃんを音楽仙人と呼びます)

このおっちゃんは後に、僕の尊敬する人物の一人になる。

 

スタジオのルールは全部で第7項まであった。

 

1、挨拶はいつなんどきもしっかりすること

2、挨拶時は必ずマスクはしないこと

3、4、5、6、、、、、、。

 

 

このスタジオは挨拶には厳しく、重んじているスタジオだった。

 

この異様な空気が僕を成長させてくれると、なぜか感じた。

 

スタジオに通い始めて、1週間がたった時、音楽仙人が僕を引き留めた。

 

そこで、言われた言葉がこれだ。

 

「お前はベースを弾いてない。」

 

いや、待った、待った。

ベース弾いてるし、メロディーも弾いてるんですけど、、、、。

 

「仙人、それはどういうことなんですか?」僕は尋ねた。

 

そして、仙人はゆっくり口を開いた。

 

「それはな、、、」

 

 

 

次回へ続く。

 

僕は努力することをやめた。(第4話)

<音楽とは何かを知る>